金沢地方裁判所 昭和50年(ワ)278号 判決 1978年8月02日
原告 小林勇作 ほか三名
被告 国
訴訟代理人 代理人 松津節子 小久保雅弘 木沢慎司 西川勘次郎 中川義信 ほか三名
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告小林勇作に対し金九二万三、〇〇〇円、同長秀雄に対し金二〇万八、〇〇〇円、同石野誠一に対し金一〇万四、〇〇〇円、同西蔵弥三次に対し金四八万一、〇〇〇円及びこれらに対する昭和五〇年九月一日から支払済まで年五分の割合による各金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (原告ら)
原告小林勇作は、北国新聞七尾東部販売店において北国新聞等の、同長秀雄、同石野誠一、同西蔵弥三次はそれぞれ北国新聞戸板販売店、同本越団地販売店、同緑団地販売店において北国新聞の販売事業を行う者である。
2 (不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)三条に基づく制限違反行為の報告及びこれに対する公正取引委員会の措置)
(一) 日刊新聞の発行又は販売を業とする者は、景品表示法三条の規定に基づく公正取引委員会告示第一五号(新聞業における景品類の提供に関する事項の制限)により、新聞を購読するものに対し、原則として景品類を提供してはならないこととされている。
(二) しかるに、訴外株式会社中日新聞社(以下「訴外会社」という。)及び訴外会社の石川県下における販売店(以下「北陸中日販売店」という。)は、一体となつて景品表示法三条の規定に基づく制限に違反して景品類の提供による不当顧客誘引行為を継続反復している。
(三) 原告らは、右訴外会社らと競合関係にあるため、右訴外会社らの不公正な取引方法により、重大な被害を現に蒙むつている。
(四) このため、原告小林勇作は、昭和四九年九月二四日、石川県知事宛に七尾市における違反事実七六件を摘示して私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「私的独占禁止法」という。)四五条一項に基づく報告をなし、排除命令等の適当な措置をとるべきことを求めた(<証拠省略>)ところ、同知事は右報告書を公正取引委員会事務局名古屋地方事務所長に移送した。公正取引委員会は右報告を受けて、同年一〇月七日、七尾市生駒町所在の北陸中日販売店(代表者笹谷彦夫)について実態調査を実施し、景品表示法三条に基づく制限違反行為の存在を認めたにもかかわらず、同日、同店に対し、口頭で同条違反行為を繰りかえさないよう警告したにとどまつた。
(五) 次いで、原告小林勇作は、同年一〇月三日、同知事宛に七尾市における違反事実五件、金沢市における違反事実三件を(<証拠省略>)、同年一〇月二二日には金沢市における違反事実五九件(<証拠省略>)、同年一二月二三日にも七尾市における違反事実二四件等を(<証拠省略>)それぞれ報告して排除命令の措置を重ねて要請したが、公正取引委員会は、同年一二月二六日、訴外会社に対し、是正措置をとるよう警告をしたのみであつた。
(六) 右訴外会社らの違反行為は昭和五〇年に入つても依然として反復されるため、原告らは、同年八月一五日、同知事を経由して公正取引委員会宛に七尾市における違反事実四二件、金沢市における違反事実一〇六件、松任市における違反事実三件を報告して再度排除命令の措置を要望した(<証拠省略>)。
これに対し、公正取引委員会は、同年八月二八日、原告らの報告にかかる事案の内容を北陸地区新聞公正取引協議会に通知し、違反事実について調査のうえ、適切な措置をとり、その結果を速やかに報告するよう求め(<証拠省略>)、事案の処理を業界の自主規制に委ねた。
3 (公正取引委員会の措置の違法性)
(一) 景品表示法六条一項前段は、「公正取引委員会は、三条の規定による制限若しくは禁止に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる。」旨規定している。そして、同法七条一項によれば、三条の規定による制限若しくは禁止に違反する行為は、私的独占禁止法二五条の規定の適用については同法の不公正な取引方法と、同法八章二節(四八条の規定を除く。)の規定の適用については同法一九条に違反する行為とみなされるのである。また、景品表示法は、公正な競争を確保し、もつて一般消費者の利益を保護することを目的として、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類による顧客の誘引を防止するため、私的独占禁止法の特例を定めたものである(同法一条)。以上のような法規の構造に鑑みれば、景品表示法六条の排除命令は、景品類を手段とする不公正な取引方法について、私的独占禁止法に規定する手続に従つた差止命令(私的独占法二〇条)の他に、簡易迅速な違反行為差止の途を開いたものと解すべきである。そうだとすれば、景品表示法六条の運用は、公正取引委員会の自由な裁量に委ねられると解するのは相当でない。すなわち、三条に基づく制限違反行為があるときに、当該事業の性格、違反行為の態様、程度、反復のおそれ、被害者及び一般消費者に及ぼす影響等を総合的に考慮して排除命令を出すのが合目的的と判断される場合には、排除命令を出すべく羈束されるのである。けだし、かく解しなければ、私的独占禁止法の特例を設けて簡易迅速に不公正な取引方法を差止、もつて公正な競争を確保しようとした景品表示法の趣旨は全く没却されるに至るからである。
(二) そこで、本件についてこれをみるに、新聞の販売事業は一般消費者に及ぼす影響が大きいこと、本件違反行為は訴外会社を主導とする組織的、計画的行為であり、使用された景品もバスタオル、折たたみ洋傘等大型化していること、その規模は石川県全域に及ぶ大がかりなものであるうえ、きわめて反復累行性の強いものであること、原告らが現に重大な被害を蒙つていること、公正取引委員会が原告小林勇作の報告についてとつた警告措置が何等実効性を挙げていないこと等の諸事情に照らせば、本件事案においては、正に排除命令を出すのが合目的的であるというべきであり、そうだとすれば、排除命令を出さないで自主規制措置をとつた公正取引委員会の措置は、法規裁量を誤つたものとして、違法というべきである。
(三) 仮に排除命令を出すか否かが公正取引委員会の法規裁量行為でないとしても、本件において公正取引委員会が排除命令を出さなかつた措置は、裁量権の限界を踰越したか又は裁量権の濫用とみるべきであるから違法たるを免れない。
(1) 裁量権の限界踰越
本件事案は、前記(二)記載のとおりきわめて悪質なものであるから、優に排除命令の要件を備えているものといわなければならない。しかるに、公正取引委員会は本件事案の本質を見誤り、軽微事案として警告、自主規制措置をもつてこれに対処したが、右は前提事実の重大性を誤認した結果である。したがつて、公正取引委員会の行つた措置は、前提事実の認定に合理性を欠く場合として、裁量権の限界を踰越したものといわなければならない。
(2) 裁量権の濫用
本件は優に排除命令の要件を具備しているものというべきであるが、公正取引委員会の前記措置は、法目的を無視し、恣意的に、著しく不公正な行為を行つた場合(平等原則違反)として、裁量権の濫用とみるべきである。
4 (故意又は過失)
公正取引委員会は、景品表示法に基づく制限違反行為の報告を受けたときは、必要な調査を遂げたうえ、右違反行為の態様、程度、結果等を十分に見きわめ、法目的に沿つて適宜排除命令の措置をとり、もつて公正な競争を確保すべき注意義務があるものというべきであるが、本件の処理にあたつては、故意に又は右注意義務に違反して必要な調査を怠り、その結果事案の本質を見誤り、軽微事案としてこれを自主規制措置に委ねた過失により、原告らに対して後記のような損害を蒙むらしめた。
5 (損害)
原告らは、公正取引委員会が過失により違法に排除命令を出さなかつたことにより、排除命令を出しておればその告示から三〇日経過後には行使しえたであろう私的独占禁止法二五条に基づく無過失損害賠償請求権の行使を不能ならしめられ、右同額の損害を蒙むつた。しかして無過失損害賠償請求権の内容は次のとおりである。
実害補償 一点につき二、〇〇〇円
(○○県支部新聞公正取引協議会運営細則二一条二号による。)
違約金 一点につき四、五〇〇円
(右同二三条四項による。)
(いずれも<証拠省略>)
(一) 原告小林勇作
昭和四九年九月二四日(<証拠省略>)、同年一二月二三日(<証拠省略>)、昭和五〇年八月一五日(<証拠省略>)報告にかかる違反事実一四二件合計九二万三、〇〇〇円
(142×(2,000円+4,500円)=92万3,000円)
(二) 原告長秀雄
昭和四九年一〇月二二日(<証拠省略>)、昭和五〇年八月一五日報告にかかる違反事実三二件合計二〇万八、〇〇〇円
(32× (2,000円+4,500円)=20万8,000円)
(三) 原告石野誠一
原告長秀雄と同様の報告にかかる違反事実一六件合計一〇万四、〇〇〇円
(16×(2,000円+4,500円)=10万4,000円)
(四) 原告西蔵弥三次
原告長秀雄と同様の報告にかかる違反事実七四件合計四八万一、〇〇〇円
(74×(2,000円+4,500円)=48万1,000円
6 (結論)
原告らの右損害は、被告の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うにつき加えたものであるから、被告は、国家賠償法一条により、右損害金及びこれらに対する本件不法行為の後である昭和五〇年九月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1記載の事実は認める。
2 同2(一)記載の事実は認める。(二)記載の事実中、訴外会社及び北陸中日販売店の一部に景品表示法三条に基づく制限違反行為があつた事実は認めるが、その余の事実は知らない。(三)記載の事実は知らない。(四)ないし(六)記載の事実は認める。
3 同3(一)記載の事実中、景品表示法の規定の内容は認める。
法律上の主張は争う。(二)記載の事実は否認し、違法の評価は争う。(三)記載の事実は否認し、違法の評価は争う。
4 同4記載の事実は否認する。
5 同5記載の事実は知らない。
6 同6記載の主張は争う。
三 被告の主張
1 公正取引委員会がとつた措置の適法性
(一) 私的独占禁止法四五条一項の規定は、公正取引委員会の審査手続開始の職権発動を促す端緒に関するものであつて、これがため、報告者に対する関係において、法的に調査を義務づけられ、排除命令等の措置をとることを義務づけられるものではない。公正取引委員会は、私的独占禁止法一条の目的を達成するために必要な調査をし違反事実があると思料するときは、職権をもつて適当な措置をとることができるのであつて、右法目的に羈束される外は、いかなる調査をし、いかなる措置をとるかは専ら公正取引委員会の裁量に属することがらである。そして、右の理は私的独占禁止法の特例を定めた景品表示法の解釈運用に関しても全く同様といわなければならない。すなわち、同法は、景品類を手段とする不公正な取引方法の特殊性に鑑み、簡易迅速に法目的を達成するための手段として排除命令の制度を設けているものであり、その解釈運用は同法に定められた他の規制措置との関連においてなされるべきものであつて、同法三条に基づく制限違反行為があつた場合に、公正取引委員会が自ら調査をするか又は同法一〇条の規定に基づき事業者又は事業者団体の自主規制措置に委ねる方法によつて調査を遂げたうえ、排除命令等の措置をとるか、あるいは同法七条の規定に基づき審判手続を開始するか否かは、当該事案の特質に応じ公正取引委員会において自由に判断決定すべきものである。
(二) 自主規制措置の意義
景品表示法一〇条において公正競争規約の制度を設けているのは、次のような趣旨によるものである。
(1) 景品表示法違反行為は、全国の津々浦々で、規模の大小を問わず、また、業種、業態のいかんにかかわらず、あらゆる事業者が行う可能性があり、これらのすべてについて職権規制措置を講ずることは事実上不可能であること。
(2) 過大景品の提供行為は、それに対抗するためのより過大な景品提供行為へとエスカレートするため、同業者全体が莫大な経費を負担する結果を招き、各事業者は過大景品の提供を自粛することに相互に共通の利益を有すること、このため、これを業界の意思として確立させ、相互にこれを遵守するとの保障を与えあう形で自主規制すれば、きわめて効果的に違反事案の是正が図られること。
しかして、新聞業においては、自主規制のための組織機構、規約、規則等が整備されているのであるから、自主規制措置によつては実効性を期待しえない特別の事情がない限り、公正取引委員会においてこれを活用し、業界自らの手による違反行為の是正、予防措置を期待することは、法が公正競争規約の制度を設けた趣旨に照らし、適切妥当なものといわなければならない。
(三) 公正取引委員会がとつた自主規制措置の実効性
公正取引委員会は、昭和五〇年八月二八日、北陸地区新聞公正取引協議会に対し、事案の処理を委ねたが、その後の状況は次のとおりである。
右通知に対し、北陸地区新聞公正取引協議会から同年九月二七日、通知にかかる被疑事業者(訴外会社、北陸中日七尾販売店、同長土塀販売店、同弓取販売店、同上荒屋販売店、同松任販売店)のうち、七尾販売店については調査中であるが、その他の事業者については具体的被疑事実の指摘がないので確実な調査ができない旨の報告(<証拠省略>)があつたので、同年一一月一日、同協議会に対し、当該事業者の違反被疑事実一五一件を具体的に通知し、併わせて調査に当り留意すべき事項を指示し、厳正な措置をとり、その結果を報告するよう追加通知をした(<証拠省略>)ところ、昭和五一年三月三一日、その調査結果につき、次のような内容の中問報告があつた(<証拠省略>)。
(1) 北陸地区新聞公正取引協議会の指示により石川県支部新聞公正取引協議会において調査したところ、違反事実八三件が確認された。
(2) 右違反事実に対する措置については、瀬戸北陸地区新聞公正取引協議会委員長、西川同委員(北国新聞社)、森同委員(訴外会社)の三者間で申し合わせ(覚書)がなされ、解決の方向へ向かつている。
その後、公正取引委員会は、同年六月一五日、北陸地区新聞公正取引協議会に対し、調査内容、その結果及び措置決定、措置の実施状況等について詳細な報告をするよう通知した(<証拠省略>)ところ、同年六月二二日、次のような内容の報告があつた(<証拠省略>)。
(1) 読者調査の結果八三件の違反事実が確認されたが、北陸中日販売店調査からは違反事実を確認しえなかつた。しかしながら、使用された拡材等から右違反事実は、訴外会社及び北陸中日販売店の違反行為と判断されうるものであつた。
(2) 石川県支部新聞公正取引協議会は、同年三月一六日の定例委員会において、訴外会社は違反行為について陳謝するとともに今後の販売正常化について文書を同協議会へ提出する。また、北陸中日販売店(松任を除く四店)も誓約書を同協議会へ提出する。<2>違反の措置は、訴外会社違反の件も含め金一封で処理する。旨措置決定をなした。
(3) 措置の実施状況については、訴外会社及び北陸中日上荒屋販売店からは覚書が提出されたが、その他の販売店からは未だ誓約書の提出がなく、かつ、金一封の件についても未払いとなつているため、北陸地区新聞公正取引協議会から石川県支部新聞公正取引協議会に対して早急に実施するよう指示する。
公正取引委員会は、右報告をうけて、同年九月一四日、北陸地区新聞公正取引協議会に対し、残された問題を処理したうえ最終報告書を提出するよう通知した(<証拠省略>)。
以上のとおり、北陸地区新聞公正取引協議会の自主規制は、公正取引委員会の指導監督の下に実効性を挙げており、自主規制措置によつては問題の解決が図りえない特別の事情は、現段階では認められない。
(四) 排除命令の措置によるか又は自主規制措置によるかの区別基準について
公正競争規約が設定実施されている業界においては、当該規約に参加している事業者の違反行為は、原則として、すなわち、自主規制によつては問題の解決が図りえない特別の事情がない限り、自主規制措置に委ねられるのである。ちなみに、最近における排除命令の措置によつたケースを挙げれば、昭和四九年における九州地区の違反事案があり(<証拠省略>)、また、公正取引委員会が直接規制に乗り出した事案としては、昭和五〇年一月頃から発生した東海三県全域にわたる継続的かつ激烈な大型拡材の提供行為があるが、これらは違反が広範囲にわたるうえ、その程度が著しい(数社入り乱れての違反行為がある)ため、自主規制が不可能な特別の事情があつたものと認められたためであつて、その他のほぼ全国的にみられる局地的な違反事案については、右のような事情がないため、すべて自主規制の措置がとられ、各地区の新聞公正取引協議会において逐次問題の解決が図られているところである。ところで、本件は、局地的かつ一社のみの違反行為であつて、比較的軽微な事案であるうえ、自主規制措置を不可能とする事情は認められないから、正に自主規制の措置が妥当する事案であり、公正取引委員会の措置は適法かつ適切なものであつた。
(五) 警告措置の意義
景品表示法における警告措置は、公正取引委員会が同法六条によつて排除命令をすることができることを背景にした規制的監督的行政指導であるが、相手方の協力を得て行政目的を達成することができる点において、今日の複雑多様化した行政需要に対応するための臨機の措置として重要な役割を果している。公正取引委員会は、実際に生起するさまざまの違反行為に対して迅速に対応するために、口頭による警告、文書による警告を適宜活用しており、これまでにも警告措置によつて多数の事案を処理してきているのである。
(六) 以上述べてきたとおり、原告らの報告について公正取引委員会がとつた警告、自主規制の措置はいずれも違法かつ妥当たものであつた。したがつて、この点の違法を前提とする原告らの請求は、理由がないことが明らかであるから、失当として排斥を免れない。
2 そもそも公正取引委員会が景品表示法に基づき、同法に違反した事業者に対し、排除命令を発し、違反行為を除去すべき義務を有しているとしても、その義務は公正取引委員会が独占禁止政策ないし競争維持政策の所掌官庁として、事業者の不当な顧客誘引行為を防止して公正な競争を確保し、もつて一般消費者の利益を保護するという公益的目的のために認められた国に対して負う責務にほかならず、法令を遵守している事業者の経済的利益を違反者から守ることを直接の目的として、かかる事業者に対する関係において負う義務ではない。換言すれば、かかる事業者が受ける経済的利益は公正取引委員会の権限行使に伴う反射的利益にすぎず、直接法令によつて保障された利益ではない。したがつて、仮に公正取引委員会に義務違反(違法)があつたとしても、原告らにはかかる違法措置によつて侵害されるべき何等の法的利益もない。また、原告らは無過失損害賠償請求権の行使を不能ならしめられたことをもつて損害を蒙つた旨主張するが、無過失損害賠償請求権の裁判上の行使は、審決確定に対し法が付随的に認めた効果に過ぎず、いわば審決確定に伴つて生ずる反射的利益に外ならないから、同様に何等の被侵害利益を有しない。さらに、法違反行為が民法上の不法行為に該当するときは、被害者において、違反者に対して、民法七〇九条に基づく損害賠償請求権を行使しうるから、無過失損害賠償請求権を行使しえないからといつて損害を蒙むつたことにはならない。以上見たとおり、いずれの観点からしても、原告らには侵害の対象となる法的利益が存在しないから、原告らの請求は理由がない。
四 原告らの反論
原告らの法的利益について
本来、私的独占禁止法の特例たる景品表示法が排除命令の制度を定めた趣旨は、事業者の不当な顧客の誘引行為を防止して公正かつ自由な競争を維持、促進することによつて、一般消費者の利益を保護するという公益的目的に基づくものであることはいうまでもない。しかしながら、その半面において、景品の提供により公正かつ有効な競争が阻害され、それによつて事業者が公正な市場においてえられるべき合理的利潤の追求が妨げられないように、不公正な競争を防止することもまた公益の目的に適うとの見地から、競争者に対し、公正な競争による合理的利潤の追求を確保し、もつて財産権及び営業の自由を守ろうとする意図を有することもまた否定しえないところである。そして、公正な競争者の右のような利益が法的に保護されることは、一般消費者の利益が保護されることと何等矛盾するものではなく、却つて諸法益の矛盾対立を調整する概念である公共の福祉に適うものといわなければならない。そして、このような公正な事業者保護の趣旨は、法が排除命令の確定に対して無過失損害賠償請求権を付与したことからも十分に窺うことができる。すなわち、景品表示法違反行為は、これを民法上の不法行為として立証することはきわめて困難であり、時には事実上不可能でさえあることに鑑み、無過失損害賠償請求権を法定することにより、被害者の救済を確実かつ容易に図ろうとしたものである。
被告は、景品表示法違反行為が民法上の不法行為に該当するときは、被害者は、民法七〇九条に基づき、違反者に対して、損害賠償請求権を有するから、何等の損害がない旨主張するけれども、これは、法が無過失損害賠償請求権を決定した趣旨を全く無視するものであるうえ、違反者に対し民法七〇九条に基づく損害賠償請求権を行使することと、公正取引委員会が法定の無過失損害賠償請求権を侵害したことに基づき、国に対して国家賠償を求めることとは全く別個の問題であるから、被告の主張は的はずれのものといわなければならない。
第三証拠関係<省略>
理由
請求原因事実中、1、2(一)の事実、2(二)のうち訴外会社及び北陸中日販売店の一部に景品表示法三条に基づく制限違反行為があつた事実、2(四)ないし(六)の事実は、当事者間に争いがない。又、<証拠省略>によると、原告らはいずれも石川県下において新聞販売店を営む者であることが認められる。
原告らは、請求原因2(四)ないし(六)の公正取引委員会の措置が違法である旨主張するので検討する。
景品表示法六条の排除命令は、同法三条に基づく公正取引委員会の制限、禁止がある場合に、これに違反する行為をした事業者に対し命ずることができるものであり、同委員会は昭和三九年公正取引委員会告示第一五号「新聞業における景品類の提供に関する事項の制限」によつて、日刊新聞の発行又は販売を業とする者が、新聞の購読者に対し景品類を提供することを原則として禁止しているところである。
一方、景品表示法一〇条は、新聞事業者又は事業者団体の自主的な公正競争規約について規定しており、公正取引委員会は、新聞業における景品類の提供に関する事項の制限を励行するための公正競争規約を認定しているが、同規約は、右告示にいう景品類の意義、禁止行為の範囲などを明らかにすると共に、その違反行為に対し、新聞公正取引協議会(その内部組織として、新聞公正取引協議委員会があり、その下に順次地区新聞公正取引協議会、支部新聞公正取引協議会、地域別実行委員会が置かれる)による行為の停止撤回、違約金の支払いその他のいわゆる自主規制措置を定めているから、ある景品類提供行為が、右自主規制の要件をみたすと同時に、景品表示法に基づく公正取引委員会の排除命令の要件にも一応該当する場合が当然予想される。そして、同法第六条又は第一〇条には、排除命令と自主規制の選択に関する定めはないから、公正取引委員会は、この選択について、結局、事業の公正な競争を確保し、国民経済の民主的で健全な発達を促進する法の目的に照らし、違反事実の内容、公正競争への影響、自主規制に対し予想される当該事業者の態度その他を勘案して、合目的的な裁量(自由裁量)をするほかはないと考えられる。景品表示法六条の文言上も、公正取引委員会に排除命令の権限を与えているのにとどまり、一定の場合にはこれを発するよう羈束する趣旨には解せられない。
一般に、行政庁の裁量処分は、行政事件訴訟法三〇条の趣旨等によつて明らかなとおり、その処分が裁量権の範囲をこえ、又はその濫用があつた場合には違法性を帯びることになる。しかしながら、裁量権の行使に対しては、その前提事実の認定あるいはその行使仕方が、その手続的側面を含め、社会観念上著しく妥当を欠いて、裁量権を付与した法の目的を逸脱し、あるいはその行政が法の許容しない動機に基づく等、これを濫用したと認められる場合でない限り、司法裁判所が違法の判定をなしえないものと解される。
本件の事実関係をみると、原告小林勇作又は原告ら四名が、争いのない事実のとおり、請求原因2(四)ないし(六)記載の合計三回にわたり、県知事を介し又は直接に公正取引委員会に訴外会社又は北陸中日販売店の違反行為を報告したのに対し、同委員会は、(四)の場合には販売店について調査し、販売店に行政指導としての報告をし、(五)の場合には訴外会社に同様警告をしたものである。
そして、<証拠省略>によると、右のほか、次の事実を認めることができる。
すなわち、原告らの報告にかかる違反行為中、請求原因2(四)の七尾市内における七六件、同(五)の金沢市内、七尾市内における九一件についてはそのうち実際に何件の事実が確認されたかは明らかでないが、請求原因2(六)の報告件数は一五一件であるところ、この報告を受けた公正取引委員会は、昭和五〇年八月二八日及び同年一一月一日、新聞公正取引協議会の北陸地区協議会に対し、文書で、景品表示法違反被疑事件として右一五一件を示して、調査と適切な措置をとられたい旨通知したので、これを受けた石川県支部協議会では、昭和五〇年一一月臨時委員会で、事実調査を決定、実施した結果、金沢緑団地で四二件(洋傘、バスタオル、ごみ袋)、木越団地、二口町ほかで一六件(洋傘、バスタオル、ごみ袋、包丁)、七尾市で二五件(ごみ袋、石けん、蚊取線香)の合計八三件の違反事実が確認された。その中には、訴外会社の社名入りのものがあり、訴外会社自体の違反行為のあることが疑われた。又、原告らの報告にかかるもの以外にも、現に拡材使用が行なわれていた。
この調査結果に基づき、支部協議会の昭和五一年二月度定例委員会では、支部運営規約に従い協議して、実害補償一六六、〇〇〇円、違約金四八〇、八〇九円を七日以内に訴外会社が支払うべきことを決定したが、訴外会社自体の違反容疑については、支部協議会としての調査は運営細則の規定上無理であるため、公正取引委員会に対し、景品表示法に基づく厳正な調査と、排除命令を含む措置を要請すべきものと決定した。支部協議会は右決定を同年二月二三日付文書で地区協議会に報告した。
この間、昭和五〇年秋頃には、地区協議会、支部協議会の各委員長が、非公式にではあるが公正取引委員会に対し、排除命令を考慮するよう求めたことがあつた。
地区協議会は、この解決のため、地区協議会委員長、訴外会社、北国新聞社の各委員が会合し、事案処理について合意をみたので、三者の覚書を作成した。その内容は、昭和五一年三月度の支部協議会で訴外会社の支部協議会委員がこの件につき陳謝し、今後の販売正常化を期することを約束する。違反の措置については、本社違反の件を含め、金一封で処理する。その金額は、支部協議会で決める等であつた。この解決方法は、地区協議会から、昭和五一年三月三一日付文書で公正取引委員会へ報告された。
このため、事件は再び石川県支部協議会で協議されることになり、同年三月度定例委員会で、訴外会社の支部協議会委員が陳謝と正常販売への態度表明をしたのち、本社違反の件を含め、総額八四万六、八〇九円の金一封で処理することに決定した。なお、支部協議会昭和五一年四月度定例委員会には、訴外会社と、その上荒屋専売所から、正常販売への努力等を約した覚書が提出された。
以上の事実関係によつてみると、原告らの報告にかかる訴外会社又はその販売店等の本件一連の景品表示法違反の行為に関して、公正取引委員会は、当初自ら調査をして、行政指導としての警告を訴外会社及び販売店に対して行ない、のちには地区協議会に調査と厳正な措置及びその結果の報告を求めた結果、自主規制機関である地区協議会及び支部協議会において、運営細則等に則り、あるいは関係新聞社等の協議をも加えて、金銭支払、陳謝等の自主的な制裁を決定し、一応の落着をみたものである。
そして、右の経過からすると、公正取引委員会が、事案の前提事実自体を誤認したとは考えられないが、本件の違反行為の主体、確認された件数、拡材の種類等からみて、その規模が必ずしも小さくないことからすると、公正取引委員会が、その裁量により、自ら排除命令の措置を選ぶことは可能であつたということができる。又、一般に、自主規制がその効果をあげ、これによつて事案が適正に処理されることは望ましいことであるが、その実施機関が同業者により組織される関係上、違反事実の正確な把握、これに基づく厳正た措置の両面にわたつて、その能力に限界のあることは明らかであるから、公正取引委員会としては、自主規制機能が発揮されないために弊害の起ることがないよう十分注意を払うことが要請されると考えられる。
しかし、景品表示法が公正競争規約による自主規制の制度を設けた趣旨は、第一次的には、自主規制の可能な限りはこれを機能させる点にあると考えられること、又、本件の違反の規模が前条の程度に達していることを前提にしても、前示認定のように公正取引委員会の指導のもとで、自主規制がその機能を一応果していること。さらには、<証拠省略>によると、原告らの本件公正取引委員会へのいわゆる直訴等を契機として、拡材使用の実態又は自主規制の組織や実効性の問題があらためて業界の反省を呼び、関連して昭和五二年七月一日には公正競争等に関する日本新聞協会の宣言が発表された事情が認められ、前示法の目的からみても、民主的な自主規制の組織、機能は、今後業界の末端までの信頼にこたえるよう強化育成されることを期待すべきであり、本件の経過はその一過程ともみられることを彼此勘案し、又、前示<証拠省略>によつて認められる排除命令、警告の事例に対比して本件の措置がいわゆる平等原則に反していることは結論できないこと、なお、本件の措置に関し手続面のかし、他事考慮等の点の裁量権逸脱も認められないことなどからすると、本件に関する自主規制と排除命令の合目的的な選択についての同委員会の裁量が、その裁量権の範囲をこえ、あるいは濫用にわたり違法なものであるとは到底いえない。
そうすると、特段の事情のない限り、同委員会の措置が国家賠償法上の違法性を帯びるということもできない。
従つて、請求原因事実中、原告らの被侵害利益等に関するその余の点につき判断するまでもなく、本件請求は理由がない。
よつて、これを棄却し、民事訴訟法八九条、九三条により主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤光康)